当たり前の基準を下げる勇気

「当たり前で満足、当たり前の日常に幸せを」

この言葉は青年海外協力隊としてニカラグアへ行っていた時に物凄く感じた事。

グローブやバットがなくても野球を楽しめる、そして上手になれる。

家族がいなくても、貧乏でも野球を楽しむことはできる。

教える人が楽しませると決めればどんな環境でも「何とかできる」。

帰国後、ビジネスを学ぶために社会に出ているが、時々思うことがある。

それは、「相手に期待しすぎてしまう」こと。

日本のレベルは高い。そして、求められる基準が高い。

これは日本の価値だと思うし、大切なことだと思うが、多くの方々がこの「期待」に苦しむ場合がある。

ビジネス上、相手のベストパフォーマンスを期待して仕事を任せたりするのが当たり前かもしれないが、そこに応えられないと人間関係がギクシャクしてしまう。

私は変わっているのかもしれないが、すごくポジティブに考えてしまう。

「そこにあなたがいることで最高」

そんなことを思ってしまう。

確かに怠慢な行動をしている場合や相手に迷惑になることは注意する必要はあると思うが、相手への期待をそもそも「存在」に基準を置いたら自分が楽になるんじゃないか。

現在、マザーハウス山口社長の本「Third Way」を読んでいて当時のことを思い出した。

「当たり前は当たり前じゃない」

日本人が思う「当たり前の日常」だけで幸せだと思う国の人々はたくさんいる。

そんな幸せの基準を「存在」「日常」にすることで楽になると思う。

悩んでいる人、怒っている人見るとこんなことを思ってしまう。

「あなたがいるだけで幸せです」

そんな価値観が広がっていけば幸せに感じる人はもっと増えるんじゃないかと思う。

JICA FUTURE CAFE はそんな価値観のもと何か新たな幸せの形を見つけられる空間づくりをしていきます(^ ^)

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